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木更津市、君津市、富津市、袖ヶ浦市の四市を合わせて「上総」という言い方を昔からされています。
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が天皇の命で日本東部制圧をする事になった折り、相模から海路で上総の国に渡る途中で激しい暴風雨に襲われ、その時に日本武尊の妃である弟橘姫(オトタチバナヒメ)が海に身を投げて海神を鎮めて日本武尊は無事に上総の国に辿り着けたという伝説がある。日本武尊は弟橘姫の死を悼んで「君さらず 袖しが浦に立つ波のその面影をみるぞ悲しき」と詠いました。これが木更津と君津の語源になったと言われ、弟橘姫の着物の袖が流れ着いた海岸の辺りを袖ヶ浦、姫の衣(布)が流れ着いたところが布流津(富津)と名付けたと言われている。

吾妻神社の馬だし祭り

千葉県富津市西大和田 吾妻神社


吾妻神社は日本武尊の身代わりとして、走水に入水した弟橘姫の遺品を祭ったと伝えられ、毎年九月十七日例祭が行われる。
祭日、岩瀬海岸で「馬だし」が行われるところから、馬だし祭りの異名がある。
馬だしは、氏子の家から選ばれたオメシと呼ぶ神馬の鞍に、神霊である幣束をつけ、二人の若者が馬の口をもち馬の両脇にしがみついて疾走する神事である。
常に御輿はオメシの後を行き、オメシは弟橘姫の遺品漂流地と伝える地点に着くと、背の幣束をおろし、その地に埋納する。
神霊を馬上に移し渡御する神事は飾り御輿のできる以前の古態を示す祭りとして貴重なものである。